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poemes d'un jour 114
インスピレーションが湧く。湧いているのだけど、何がとか特に分からないので、書き始めると、書いていくうちに、はっきり形が見えてくる。

明るい感じ。

『私が歌になるまで』を作っていこうって思う前は、10年以上前の曲をずっと伝統的にやっていた。それだと駄目だった。まっすぐ今の自分を外に出すことで、開けてきたんだな。やっぱり、恐怖には抗わないといけないんや。って数ヶ月経った今思う。その先には素晴らしいものが待っている。

もうほとんど私は歌になってる。
思ったより早い。

私はまっすぐが性に合ってるのかも。
私はというより、人間は本来と言いたくなる。

感動している。

湧き上がるものに。

何もまだ取り入れていない赤ん坊のような状態に戻って。

全ての喜びを感じる。



これからの恐怖に立ち向かう課題は
ダンスを人前でやることと、
好きな人に真っ直ぐ気持ちを伝えることかな。
私の場合、ただの恋愛じゃなくて。
やっぱり数年かかるのかも。
もう来月、再来月で良いけどな。

失恋して笑い話に変えるのも楽しいし。

HOWSでまたラップしてもらったり。笑

泣きながら10年後、20年後も、お腹痛くなるまでみんなと笑えそう。



ダンスは、いけそうやな、徐々に、多分。

他にはもうなさそうやな、恐怖。

結構、頑張って乗り越えてきた。

日常の小さな恐怖は、恐がったままでも、人に助けてもらったりでもよくて。大きくて自分自身に直結するような大切な部分は自分で頑張らないといけないって思ってる。そういうことは、人の助けでどうにもならないって経験で知ってる。一見助かったように見えても、根本的に弱かったら、また崩れるって知ってる。

楽しい。

踊ろう。

まずはほぐすところから。



楽しい、なんでもかんでも。

青春し続けよう。

死ぬまで。

やりたいこと、なんでもやって。

だって制限時間付きの人生だし。

悩んでる時間が勿体無いって、何年か前に思って。

たんたんとクリアしていこうって。

若い時は、時間があるから悩めたんだって。

恥ずかしくて、出来ないことも、時間があったから恥ずかしいままでよかった。

片思いも時間があったから、何年でも出来た。



今は出来ないな。

既に学び済みの辛いことは時間削減のために、避けるし。

同じことは繰り返してる時間ない。

ないよ。



毎日、素晴らしい日々が待っているから。
poemes d'un jour 113

朝、寝不足。光と蝉。まだ居てくれて嬉しい。SPIRAL LIFE、メルパルクホールにライブ見に行ったな。照明がすごくてびっくりした。今朝も聴く。同じのを何度も聴く。私になるまで。

歌詞も最近の自分に繋がる。

夜更かし。


眠る前に、誕生日パーティしたら誰を誘うか、書き出してみた。
関西に居る人限定でも20人くらいになった。
来て欲しい人、結構居るやんって。

でも、書いてる途中に、この人とこの人は一緒の空間に居て気分悪くならないか?とか気を遣う問題も2組みくらい発生し。2Daysにして、別々の日に来たら大丈夫やな...とか。

思い出した。
10年くらい前にパーティ開いた時、音楽セレクトが楽しかった。自分が好きな曲を曲順まで決めてプレイリストを作って、流したような。

今作っても、半分くらい同じ曲、セレクトしそうやな。

20人か。

友達と思ってるのかも。
そんなに、居るんや、居たら嬉しい人。

びっくり。
7年間の交流。

 

今週末、まだどこでもやってない新曲「遠くへ」っていう曲をやろうと思っていて、リンクした。

旅、したいな。

 

渋谷系みたいなバンドしたいな。

スムースさんと門上さんとやりたいな。笑

全員ボーカル...

キャラ濃すぎ...

でも意外と良いかも。

 

前からなんかやりたいなってたまに思うようなことがあるんですね。

カラオケ行った時とかに。

この人たち、外に出ないと勿体無いって。

 

私、曲とベースとコーラス。

歌詞とボーカル、門上さん。

アレンジとボーカル&その他、スムースさん。

あとギターとドラム。

 

来年くらい遊び半分で試しにやってみたいな〜

 

めっちゃやりたいな...

 

 

 

 

 

 


 

poemes d'un jour 112

311052さんが別の名前でtwitterに復活したので、私の111は守られた。名前が変わっても分かる。

 

夜中の1時、bar HOWSより帰宅。

HOWSで晩御飯、美味しく嬉しかった。手打ち蕎麦イベント。




蕎麦を粉から作るところを全部見れて、最後、切る体験もさせてもらって、面白かった。HOWSで蕎麦を打つという絵が結構有り得ない感じで面白かった。とても美味しかったです。みんなと食べるご飯っていうのも、癒された。

中3〜高1くらいの時によく聴いていたSPIRAL LIFEとかフリッパーズギターとか、コーネリアスがかかって、テンション上がった。なんか感動的に聴こえた。HOWSで聴くとだいたいよく聴こえるけど心にガシッと来た。


関係ないけど、最近フラッシュ撮影が気に入ってる。
いつもと違う写ルンですで撮影したような昭和感。

みんなが帰ってから、クラスメイトとまたいつものクラスのようになり、夜中だけど昼休みのように、お腹が痛くなるまで、涙が出るまで笑った。今日はスムースさんがめっちゃ笑かしてきた。久々、ツボにハマって涙が出た。笑

物語は進んでいく。


今週末はHOWSでライブ、楽しみ。
みんな楽しみにしている。
それがすごく嬉しかった。

安心した。

ありがとう。

 

(まあ、色々トラウマがあるので...)

ひとつずつ置き換えていくんだ。

守られて。

置き換えて、新しくなれるんだ。

わたし。

 

明日からこの日に向けての準備をしよう。

楽しい日になる。

 

私のイベントじゃないのに、HOWSがホーム過ぎて、自分企画のイベントのような錯覚がたまに...笑

 

瓢箪山付近のみんなに連絡してみよう。

 

青春。今、青春だな。

前から思っていたけど、恋すると、何歳でも青春やな。

 

結ばれたら結婚したい。

結婚したら、旦那さんにずっと恋したい。

 

 

来月誕生日。

いつも誕生日、誰にも祝ってもらえないので、今年は自らパーティしてみよっかなとか思った。

思い出作り。

 

それをHOWSで言ってみたら「良いんじゃない」って言ってもらえたからちょっとやる気が上がった。

 

9/27(金)夜と28(土)昼に2Daysでやろっかな。

 

まだ分からないけど。

やるかも。

 

誕生日は毎年一番悲しくなる日だった。

何も起こっていなくても感情が不安定になるというか。

急に肌寒くなる季節というのも有り。

悲し過ぎて最近は無関心になっていた。

それを変えていけるのなら変えたい。

 

今日すでに寒いし、誕生日に急に身も心も寒くなるいつもと、今年はなんだか違う。

 

呼ばれた、呼ばれてない問題が発生しそうなので、やるならオープンイベントにしよっかなと思ったけど、選んで誘おうかな...。

 

予定が空いていて、尚且つ、瓢箪山まで来て、さらに坂を登ってという、問題をクリアしてもらわないといけないんですが...演奏したり、なんらか楽しいイベントみたいにしたい。来てよかったと思えるような。

 

できるかな...?

ご飯は作りたいな。

出来るんか?

 

やる気があれば私は大抵のことは出来る。

 

あとは、気持ちの問題。
 

みんなでご飯を食べるって良いなって思ったんです。

みんなが帰ったあと、寂しくなるのも分かってる。

それでも、やってみようかなって。

 

来てくれそうな人を10人くらい誘ったら、1人か2人は来てくれるかなって。

 

昔やりました。

結構来てくれた。

何年かに1回くらいは有りかなって。

poemes d'un jour 111
身体が少し痛い。13時前に起きた。今日は予定は何もない。bar HOWSで15時から蕎麦のイベントがあるみたいで、何時までやっているんだろうか。行きたいけど、まだ全然外に行ける感じの私ではない。

昨日のライブは素晴らしい経験だった。

色々書いたけど、消した。

いつもの私のスタイルで。





朝5時近くまで話す。

過去に出来てしまった自己防衛を解き放つ。

今は必要ないから。




愛する。

愛される。

自分次第。




伝わる、かも。

伝わらない、かも。

相手次第。




私は何をやっているんだろう。

何度も伝えて、書き換えることをやっている。

何のために。

自分のために相手のためになること。




誰でもいいこと、やらない。

自分が必要とされていることをやる。

自分の存在を自分で大切にする。

私は世界に組み込まれる。




音楽は自然に生まれる。

音楽にこだわらない。

文章でも踊りでも何でもいい。

私が在れば、人が居れば、自然に生まれる。

今のシステム。




愛することへの恐れ。

愛されることへの恐れ。

もうない。



だから自然。

自然のメカニズム。

メカの自然リズム。




現実はあとで付いてくる。

いつもそうだから。

気楽に待つ。

洗濯したり、蕎麦を食べたりしよう。





崩れない私。

40才。

やっと世界の一部になる。

連動する、軌道上で、常に回転している。










poemes d'un jour 110
311052さんはたまにTwitterから消える人なのですが、311052さんがTwitterから居なくなった時、私のブログが連日どんどん非公開になっていく事実に気がついて、そのことをつぶやいたからかどうか分からないけど、別の方々がいいねをくれて、私の109は生き残りました。ありがとうございます。311052さんはいつ戻ってくるかはいつも分かりません。


そんな関わりも面白い。

連動している。

連動している所に居たい。

私も皆も生態系の一部なんや。

自分が色んな人と少しずつ関わり合っていることを最近さらに実感できるようになってきた。自分は居ない方が良いと思っていた頃が懐かしいというか、遠い。皆、当然のように居るのが良い、そこに山があるように、海があるように。強いとか弱いとかじゃなくて。



私は身近な人を幸せにしようっていう道を選んだ。

自分にできることの範囲、自分にできる時期、そういうものがあると思う。

みんなそれぞれ、今の状態が違うのです。

みんなが今すぐ同じことができる訳じゃないのです。

できる時に、できることをする。

それで、十分だと、それが自然だと。

今、出来ない人を責めないで欲しい。



って思うから、私は今できないことがあるけど、自分を責めないようにしよう。

やっていることはたくさんある。

ちゃんと外に繋がっているところでやっているので、連動している。

個人的なことをしているだけでも世界と連動している。

その自覚で生きるなら、大丈夫かなって、今はそう思う。



明日のレッスンを頑張って、明日のライブを頑張って。

楽しい気分、幸せな気分、リラックスした空気、伝えれたら良いな。

光とか、風とか、そういう存在も。

それが連動していくんや。



無意識、無自覚にでも。



会社でたくさん働いている人は結構疲れていたりすることも、最近想像出来るようになって、疲れている人が余裕のないことも想像出来るようになって、そういう人が休憩に求めるもの、それはつまらなく見えたとしても必要なんやな、この社会では。例えば、ただ何かを食べるだけの動画とか。必要なんやわ、人にとって。それが事実。

数字に現れている。

社会の根本から変えることは、私が出来ることではない。

だけど、身近な人を幸せにすることは、私にも出来るのです、昔はそれも出来なかったけど、今は出来るのです。
poemes d'un jour 109
雨、雨、雨。雨がいっぱい。心地よい。

庭が潤う。

屋根に穴が空いている小屋の天井と床はさらに腐る。

小屋の物を減らしていかないとな。

コンクリの上に簡易物置を設置することも考えないと。

小屋は、いつか、取り壊されるだろう。

大家さんが修理しないし、私もホームセンターで波板を買ってきて自分でやってみたけど、無理だった。

修理には屋根を全張替えが必要、10万、20万円くらいはかかりそう。

だから、大家さんはしないんだと思う。

私の持ち物でないものに、私もそんなにお金をかけられない。

日に日に朽ちていくのを、ただ眺めている。




ライブでバタバタしている中、繋がっている人たちと話す機会で心潤う。

相手を自分のように感じる。

自分とは違うってわかってるけど。

人はそんなにバラバラでもない。

地球の物は全て、思っているよりバラバラ、個別ではない。

そんな感覚も思い出してきて。



共鳴して当たり前で。

だから、昨日のリハも自然に調和出来た。

今日のライブも慣れないステージピアノを持っていくつもりだけど、大丈夫だろう。



相手が気が付いてくれないと、私の想いは届かない。

ただびっくりされるだけなんや。

そんなにバラバラではないのに。



思い込み、取って欲しいな。

そのままを感じて欲しいな。

いつになることやら。



でも動き出している。

常に動いている。



来月9月か、早いな。

種まきするのかな、私は...

株分けだけでいっか

この夏の庭を見たら、もう植えなくていいような

樹木が育ったら、庭の環境が変わるから、草花たちを植えるのはその後の方がいいかもって思った

3年ほど、何も植えなくていいかも

今在るものを、もっとしっかり見よう、育てよう



踏み出して欲しいな

私は眺める役目なんやなって

一歩、踏み出して欲しい



感化されたかった私は

感化したい

感化されて欲しい



雨、止んだかな

新しくなっていこう

空気に溶ける



まとまりないかな

今日の気持ち

大体、天気と同じになってしまうね

それがいい








poemes d'un jour 108
106は庭や宇宙のことを書いたらいいねがなくて、非公開に戻した。107ももうじき非公開に戻る時間。半日Twitterとfacebookどちらもいいねが0だったら非公開に戻るシステム。ただの無機質なシステムです。

それで、心のバランスを保っている。


今日は友達に会って、ウーパールーパーの居る喫茶店で、インドのとある学問の話をした。昨日、宇宙や科学のことを思い出していたおかげで、話はすんなり理解できたと思う。でもざっくりだから。学問はサンスクリット語じゃないと読み解けないらしいので(翻訳も間違ったものしかないらしい)私は何もわかっていないけど、要約してくれた話は分かった。



色々話した。
人に話しにくい変だと思われるような話が普通に出来たのでやっぱり友達なんやなって思った。

ウーパールーパーっていう言葉、不思議。
ずっと忘れていたけど、思い出したら不思議だなって。
写真をfacebookに貼ったら、ウーパールーパーは水槽の大きさに合わせて大きくなると、50cmくらいのを見たことがあると教えてもらった。ますます気になる存在。

色んな話をしたんだけど、店を出る直前に見たウーパールーパーの印象が強い。
思っていたより大きくて、存在感がすごかった。

来月41歳。


ここまでは昨日書いた。

書くのをやめて、家で踊っていた。

「踊る」という言葉に少し違和感を感じたから違和感を明確にする為にあえて「踊る」と言っている。

私はなんでも間に魅力を感じるので完全に踊ってしまうとつまらなくなるというか、踊っているのではなく、言葉やイメージに踊らされるというか。

言葉に出来ない領域に居たい。

これは何なのか?

という領域。
時空。

まだよくある日常生活とダンスの間とか、レッスンでやってるストレッチとダンスの間とか、そんなものをおぼろげに大切に感じているけど、それよりも面白そうなのは、音楽とダンスの間とか、静止とダンスの間とか、私とダンスの間とかかな。

動いていたらもっと色んなことを感じていくんだろうな。
楽しみ。



寝ている間にまだ身体がバキバキになる。
寝返りが打てないみたい。
そんな人生、変わるかな、変わりそう。

朝の身体のほぐし方は上手くなった気がする。



恋の病は無くなって、愛しい。

自分を悪く思わないようにしただけで、病は消えた。
私なんかに好かれたら迷惑かもってどこかで思ってしまっていた。
そうじゃない。
誰かが誰かを好きになることはそんなものではない。

人は良いのに、自分だけダメとかないな。
そんなに歪んでいない、本当の世界は。

愛しい、嬉しい、大切にしたい、純粋なそれだけにまた戻れて、良かった。

おはよう。
柔らかい朝。
poemes d'un jour 105
遅く起きた火曜日、休み、蝉居ない、曇り。

庭が結構大変なことになっていて、蚊が嫌でも、長袖を来てやらねばならぬ状況に追い込まれてきている。昨日も水やりの時に、腕に結構大きめな蜘蛛が乗っていて...至る所に蜘蛛の巣もあるので、そういうこともある。

気がつけば、身体が引き締まってきて嬉しい。
犬の散歩を毎日やっていた時にも引き締まっていた。
1時間くらい歩いていたから。

身体、結構好きなんだなって最近思う。
やっぱり見た目より中身って思っていたけど、見た目の魅力ってすごいですね。
人間は色んな感覚の中で、視覚が90%ってどこかで知ったけど。
私は他の感覚も結構使ってるとは思うけど、それでも視覚の威力はすごいなって、最近思う。

身体や顔など見た目が好きとか、恥ずかしいと思っていたかも。
精神性とかの方が高度な気がして。

でも引き締まっていたとしたら、その見た目の奥には、毎日の深みや味わいがあって。単なる見た目じゃ無いんやなって。筋肉に惹かれる部分も30代からはあり。身体のために無理やりつけたような筋肉そのものでなく、何かをやっていて自然についたしなやかな、美しい筋肉です。

ギタリストの腕の筋肉とか、ピアニストの手の平の筋肉とか、そういうやつ。土木関係の人の腕の筋肉とかも。何かをやっていて結果ついたという、その動作を物語る含みが美しいと感じる。

逆に身体を使っているダンサーとかは、見せているし、美しくて当たり前みたいなところもあり、そんなに惹かれなかったりするかも。笑

少しマニアックな部分に惹かれるんやな...

まあ、私は毎日ダンスのトレーニングをやっていく人生ではないし、ダンサーみたいな身体にはならないやろうと思います。犬の散歩レベルの引き締まりで、良いです。

とにかく、座ってばかりの人生の腰が引き締まってきて、嬉しいです。
腕はピアノで常に力を抜くとかやっているので、足、腰、ちょっとやって行こう。


バランス感覚ももっと欲しいな。
傾いても倒れないような...笑

結構よろける。

でも、かっこよくなりたい訳でもないんですよね。

フラットなデフォルトな自分を強化出来たら、それで良いかも。

自分で在りたいのです。
どうにもなりたくないのです。

勝手に変わっていくから、
むしろ自分で居ないとダメなんです、私は。



不安があるときは、恋。
安心しているときは、愛。

そのような瞬間瞬間の移り変わりを眺めて

心地の違いを眺めて



早くやりたい即興演奏が出来る日はもう少し待てば結構あった。

8/24も即興の時間があるし、8/30リタニセッション、8/31も最後飛び入り可のセッション、9/8のワンマンもソロではあるけどちょっとやれるし。9/29の伊賀上野もアフターセッションがあるし。あと、9月にもリタニセッショデーをやって、また向井さんのワークショップも日が合えば行きたい。

ただやりたいだけで、何が出来るかは全く分からない。
前と気持ちが全然違いますけど、音が変わってくれるかはやってみないと分からない。

何も考えずに、やります。
最近、それで、すごく良い感じだから。
自分への信頼が育まれてきたんやなと。



今日は、庭、やれたらやりたい。

明日から23と24のライブまでは、ライブの練習。
poemes d'un jour 104
夜中の2時、bar HOWSより帰宅。今日はたくさん用事をして、練習もして、夕立の中、自転車で西田辺のレッスンに行って、結構頑張った。明日はどうなるか分からないので、帰りに、保存食を買い溜め。

今日はぼんやりした日だった。
みんなぼんやりしていた。
『台風クラブ』という映画がかかっていて、ずっと嵐の音がしていて、机に突っ伏して寝てしまった。
みんなそれぞれ一人ずつ別々のことをしていた。


草の匂い、湿った紙の匂い、鈴虫の音、コオロギの音?
とにかく2種類の虫の音が...やっぱり秋に近づいている。

坂を登る途中、向かい風が柔らかい液体のような立体感の気体で目の前の壁になって、それを分け進むような。風を切ってというのとは少し違った気がする。質量を感じた。空気中の水分が多かったのかも。匂い成分も。


身体を使った。
使っていない部分を、使う。
足の可動域を研究。


あの人元気かな?とか
思ってしまうけど、分からない。

眠る前に、お祈りしていた。
いつまでやってたっけ、33か34歳くらいまでかな。

すっかり忘れていたけど、物心ついた幼少時から、「みんなありがとう」って思ってなかったかもしれないけど眠る前に言葉にして頭の中で言っていた。実際は恥ずかしがり屋で、「ありがとう」って言えなくて、言えるようになったのは高校生くらいからかも。恥ずかしすぎて、自分のこと「わたし」と言えなかった。自分のことを言う時に苦労していた気がする。「私の物」とか「それ私」とかが言えなかった。大学生くらいから言えるようになってきたのだったか。記憶は曖昧。

今は、「ありがとう」も「わたし」も普通に言える。
言えるようになるまで、結構頑張った気がする。
今は言葉と心が一つで自然な感じ。

そんなことが山程ある。


私って偽善者なのかな?って結構長い間、何年間か悩んでいた。
その時までは、本当に「ありがとう」って気持ちになったことが無かったかもしれない。
言わないといけないものなのだという認識の方が強かったかも。


お祈り。
東京に住んでいる時も、お祈りしていた。
「〇〇さんが元気になりますように、幸せになりますように」って毎日祈って。
でも、その数年後、元気になった〇〇さんにひどい目に遭わされたりしたな。笑

最近は、気持ち、色んな人にちゃんと伝わる気がする。
自分を疑うことも無い。

いくら子供っぽいことを言っていても、大人なんだ、わたしも周りの人も。

昔みたいな寝る前のお祈りはもうしないけど。
それよりもちゃんとした気持ちで、日々、想う。

現実的に、想う。

柔らかく、想う。

昔より、大分、純粋に、想う。



柔らかく、放射状に、薄く広がっている、そんな場所にふわっと放つと、そのあとは勝手にぐるぐる回って届くイメージ。

だから、私は私に「そんなに心配しなくて大丈夫」と言いたい。


「明日も頑張ろう」
って言い合ってHOWSを出た。
poemes d'un jour 103
愛着について。

何もかも嫌いだった20代の前半に、一人部屋で毎日窓辺に差し込む太陽の光を浴びていて。冬だったかもしれないけど、太陽の光だけは好きで。温かいし、ゆらゆらしているのも安心するし、白〜オレンジまで色んな色に変わるところも良いし。何よりずっとあるのが良かった。

そういうものにしか愛着を抱けなかった。

私がどうなっても変わらず在るものは、信頼出来た。

今もずっとそんな感じで、樹木や庭もそうだけど、ずっと在るものに愛着を感じているなって。

人は、ずっと居る人は居ないですね。私が引越しを繰り返していたこともあり、ずっと一緒に居る人は誰もいなかった。

ネット上には居たりする。もう15年、20年と。同じ人が居て、ありがたい。

前の恋人は、友達期間も合わせたら7年くらい一緒に居ましたが、私が瓢箪山に引っ越してからは家が遠くなって、2ヶ月に1度くらいしか会わなくなって、メールも普段しなくて、特に昨年の夏、私がYouTuberを初めて他の人と話すようになってからは、半年くらいメールも会うこともなかったので、もう自然に終わったんだなと思いました。

生徒さんの方が会ってるやん...って思った時点で、愛着が薄れていった。
一番仲良い人であって欲しかったけど、そうじゃなくなっていったので。

何度も一緒に住もうって遠回しに提案してみたけど、スルーされて、諦めました。
だからと言って、嫌いにはならないけど。
好きでもない。
という状態になっていくんだな。
関わりがないから、それは当たり前で。
響かなかった。

それくらい、自分にとっては、近くにあるものが重要なんだなって。
響き合い。
そんなことをはっきり自覚した。




ずっと在るものの偉大さ、存在感。

好奇心とか興味とか、そこまで価値は感じない。

若い時は、そればっかりだったけど。


もう来年の蝉の声を楽しみにしている。
きっと、また来年も聴ける。
そう分かってるから、また昨年の秋の続きの秋を待ち望める。
木の葉の変色。

自然は偉大だ。

それを受けて、私は愛せる。

愛することは幸せなことなんです。

自己実現よりも、ずっと。

何も愛するものがない時は、目標を作れば、とりあえず、生きてはいける。

とりあえず。

それでも大変ありがたいのですが、

そこに愛が必要なんだと思います。





今日も頑張ろう。


そうですね、

いつも一緒というだけで、愛を感じるのです。

それ自体が愛です。

何が好きとか個別の物に対してのそういうのではないのです。
それは、「好み、嗜好」というもので「愛」ではないです。


うまく言えてないかも。