<< September 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< poemes d'un jour 124 | main | poemes d'un jour 126 >>
poemes d'un jour125
インスピレーションは落ち着き、落ち着きの時間を過ごす。週末のライブの準備をしている。

響き合う。

音が消えるまで残響に耳を傾けて愛おしむ。

昔からそこに目的は特になく。

身体的、本能的な感じ。



4歳の甥っ子がピアノで即興演奏していて、急にやめたかと思ったら音が本当になくなるまで静止して聴いてて、また音を出し始める。それに感動した。周りで大人がやってるのと大体同じ無調の即興。ピアノは2歳か3歳の時に3回くらい教えたけど、無理やなと思ってそれからは教えてなかった。なので、習ってないけど、勝手に最近はキラキラ星とか色んな曲を弾いている。ずっと一人で真剣に指を考えてやってるから「すごいな〜、集中力あるな〜」って言ってたら弟が「神経質なだけや」って言ったので、可能性伸びるか心配。否定しないであげて欲しい。


膨らんだり、萎んだり、私の感覚は日々感度を変える。それに合わせて世界が膨らんだり萎んだり。でも最大限に膨らんだ時を反芻して体感を記憶しておく。そちらを信じることを意志で選択する。

自分で選択するから、それが自分になっていく。

自覚出来ると、コントロールが可能。最近はコントロールから外れる選択も出来るようになって自由を感じる。

ふんわりした夢のような領域と、地に足ついた現実が共存している。

行き来するのではなく、両方を重ねて感じている。



おやすみを言う。
おはようと声をかけてくれる。
行ってきますと言ってくれるから、
行ってらっしゃいって言える。

ほかの全てを努力で掴みとれたとして、
それだけは私には与えられないんやと思っていたもの。
だから、今、奇跡のような瞬間。

でもなくてもいい。
現れる時には自然と現れる。

おはよう、おやすみまでは想像出来たけど、
行ってきます、行ってらっしゃいは想像を超えた。

そんなことがあるなんて。
夢にも思わなかった。

大切に感じている。

自分からはまだおやすみしか言えないから。
言ってもらえないと、言えない言葉。


おはようは特別嬉しい。
夜が恐くて、夜明けをただ待ち望んだ。
朝日をただ待っていた日々が長くて。

仕事も夕方からだし、私には誰かにおはようという機会はないのです。


だからなんなんとかじゃなくて。
ただそれだけ。

その事実を受け止めて。
感謝。

それが今の私。