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poemes d'un jour 131
目に見えない範囲の把握、結構出来るようになってるけど、具体的にどうやってやってるのかを分析してみる。普段から鳥瞰の意識だったけど、それプラス何も考えないようにして、頭真っ白にしていると、非言語で何かが私の周りに漂っているのを感じる。その範囲が結構広くて。ピンで止めたその場所は、人が居る場所で。東京のあそこに住んでいるあの人とか、神奈川のあそこに住んでいるあの人とか、関西はもちろんピンだらけだけど。その状態を数日、数ヶ月、数年、結構長い間やっていると、何も考えなくても、そこと繋がっているようになっている気がする。どこでもドアみたい。色々送られてくる。それを受け取る。

みたいな。
合ってるかどうかはわからないけど、イメージ。
昔から離れていても家族とはテレパシー出来てた。

なので、相手もこちらを想っている必要はあって。

そうした時に、時空に道が通るのかな。
回路が出来るというか。

そんなイメージ。

同じ直感型の人で(無意識でも良いけど)感じ合えば、道が。

そんなイメージ。


あれこれ考えて悩んだりすると、道が詰まって届かなくなる。
道はパイプみたいに筒状のイメージ。
細くて細い筒だから、少しの邪念で詰まる。
自己否定とか、遠慮とか。

ただのイメージです。



窓を開けよう。
風を通す。
世界と繋がる。


今朝は秋のようだ。


邪念。
私は邪念だらけの人間だったけど。
今はほとんどない。
特に最近は澄んでいる。

前は自然そのものに近かったけど、最近は時空そのものに近い気がする。

けど、人間。

ただのイメージ。

ただのイメージが人を作るんやな。

信じたりとかじゃなくて、ただ無邪気にイメージ。

妄信的に信じることは、邪念やと思うから。



信じもせず、疑いもせずっていう真っ白な状態が、安心して本当に信じているっていうことなんだと思った。

その方向に自分が向くように、日々心がけている。

相手は特に、関係ない。

自分がそう在ればいい。



それが「落ち着き」かな。



私はそれプラス、今は、気にせず、そのままを言ってみるということに挑戦。

ただ眺めるでなく。

関わっていく。

もう傷は付かないのかも。

傷が付かない世界っぽい。

でも、まだわからんけど。

傷つくのも慣れてるし。

どっちでもいいです。