<< April 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< poemes d'un jour 230 | main | poemes d'un jour 232 >>
poemes d'un jour 231
目覚めたら、太陽の光線量が上がっていた。

私の光の感覚で、色と明るさと熱とそれ以外にもあるかもしれない。
浴びるだけで生きていることに喜びを感じる。

途轍もない安定感。

その明るさに比べたら少しひんやりした空気。


子供の頃の、夏休みの感じを思い出した。
その感覚が一番好きなので、大人になった今も出来る限りその感覚を感じていたい。
だけど、いつでもその感覚で居られるわけじゃなくて、思い出せるのは年に数回程度かな。

太陽や風の感じと、私の内部の何かの条件が揃った時に呼び起こされるのか?



一昨日まで色々あって、とても疲れていた。
二人で進んでいるから、自分は何もなくても、お互いのことがお互いに影響してくる。
昨日は色々から解放され、前のような自分たち二人で見る視点の世界に戻れて、本当に爽快な優しく楽しい日になった。

子供のように無邪気な気持ちで、楽しむ。


しばらく世間の色々に飲み込まれてしまって、そこから出れて個人的に思ったことは、
本当に、世間一般の言う大人であることが「生命体」というくくりで見た時に特に意味のないことだと。
大方は世間体の為に大人で居るんじゃないのか。
或いは、人様に迷惑をかけないために。
みんな「生命体」ではなく「社会人」として生きているんだなって。
だから、みんなにとっては大切なのかもしれないけど、私にとっては特に意味がないなと思った。

社会に頑張って馴染むより、自然と調和する方が心地よいし、自分自身の心身、本能から湧き上がってくるものを、信じているから。

「社会」というよくわからない亡霊のようなものが特に要らないんだと思う。
なくても、別のところに拠り所があるから。

一対一の人と人との関係の信頼とか。
ややこしくない。



それと同時に、音楽で稼ぎたいと思っていたことも、わりとどうでもよくなった。
良いものを作ったら売れるのではなく、売るための戦略が必要だと分かってきて。

仕事はピアノ教室が楽しいので、それでいっかなと思った。

長らく無理をしてきたけど、それは一人だったからで、何か目標を作って進まないと生き生きできなくて。

でも、これからは、一度、ゆったり本当にやりたいことを味わう時間を、そんなことをもう一度したい。
昔はあったので。

大人にならないと。
親が死ぬまでに、自分で稼いで生きていかないとって必死だった。
でも、もう出来るようになったから、また豊かな世界を。

世界を愛することがしたい。


忘れないようにと、ギリギリ何とか覚えている、昔の感覚。
その分量を、増やしたい。


今日の光と風が思い出させてくれた。

旅人のような自由な感覚。