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poemes d'un jour 236
ただ生きていくのは辛い。

夢が現実となって夢の分量が薄まる。
それは辛いことなのかもしれない。
夢は叶っていくので、夢を増量しないと。

夢があれば、生きるも、死ぬもどちらでも充実する気がする。


自分がよくわからなくなっていた8年ほど前から、進むために「自分は何がしたいのか」と自分に問うてきた。今の自分がさっぱり分からなかったので、過去の自分から探ったり、なんでもやってみたり、結構大変だった。


今、愛する、愛される。

そこから、さらに一歩深く、もっとリアルな「今」思うことは、「未来を楽しみに思うこと」が必要なんだなって。「未来」のことばかり考えて「今」を感じれないのはバランスがよくないと思うけど、「今」に「未来」が含まれているので、つまり、「今、脳内で未来を想像すること」「イメージを楽しむ」ことが私にとって大切なんやなって。

現実の分量が多すぎて、疲れてしまった。


現実に直結している未来「予定」じゃなくて=遠い未来「夢」というものを持っている状態が大切なんやなって。

叶うか、叶わないかは、もしかしたらどちらでも良いのかもしれない。


「現実」は、身体が痛くなければ、幸せです。

結構やっぱり常に身体が痛くて、他の色々をもっと感じたくても「今」痛みしか感じられない。
痛くない時もあって、痛くない時は、とても幸せです。

身体の痛みに勝ってくれるものは、「太陽の光」「優しい声」「笑顔」のようなもの。
なので、身体が痛い時は、それ以外のものは、受け入れる余裕があまりないのかも。


電車に座ってても、隣の人が居なくなっただけで、身体の痛みが消えたりする。
精神的なものなのかな。
でも、物理的な「気」のような気がする。

精神はいつでも大体安定している。

服もダメだし。

壁がダメなんだろうな。

壁があると、肌が肉が空間に生き生き出来ないんやろうな。



外と、自分の家が好き。


家の窓を開けれて、光と風が入ってきたら幸せだなと思います。
植物は光で成長し、風で揺れるから、それを眺めているだけで、庭で生きていてくれるだけで、自分が安らぐ。

人も、光や風を感じて喜んでいる人を見ていると、安らぎます。


そよぐ木を植えよう。

狭くて湿度の高い日本では草原は無理なので。

木だなって思う。

管理が大変だけど...。

バラの香りもとても安らぐ。

肩こりが消えたりする。



やっぱり、まず、家と庭が重要やねんな。
私は。


グッゲンハイム邸みたいな、天井も高くて、ドアも大きくて、全部が日本サイズより大きい家、いいな...。
子供の頃は、自分が小さかったから、日本サイズの家でも、そんな感じの体感だった。

それがとてもよかった。