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poemes d'un jour 237
静かな家、瓢箪山。

庭を見たり、ゆったり過ごして、回復した。

ちょっとしばらく、世間の空気は感じないでおこう。



シェードガーデンのイカリソウ。


庭の植物「これ何?」って聞いてくれて、私が小難しい植物名「ロサ・フィリペス・キフツゲート」とか「ロサ・ダマスケナ・トリギンティペタラ」とかを言うとメモしている長野さん。興味を持ってくれるだけでもうれしいけど、庭一緒にできるんやな。その時はまだ感情が薄かったけど、今になって、とてもとても幸せだなと思った。


新しい庭の設計図を見せたり、雑木の理論や管理法、無農薬バラ栽培の考えなど、山と虫や鳥など生態系の共存など根本的なところから説明した。どこに何を植えるか、決めれない部分、一緒に考えてくれる。


長年一人でやっていたけど、一緒にやってくれる人、前から望んでいた。自分的にはただのガーデニングじゃなくて、生きるモデル、思想?夢?よくわからないけど、庭は大事なこと。


今の庭もかっこいいって言ってくれてめちゃ嬉しかった。
自分は見慣れてるし、最近手入れしてなかったので、こんな庭ダメだと思い込んでいた。でも、過去の春や夏の庭の写真を見たら、自分でも素敵やなって思えた。

もう新芽が生き生き芽吹いている。



バラ、マーシャル・ニールの蕾。
早い。

マーシャル・ニールは、東京、千葉と植えていた。レモン色の項垂れて咲くバラ。葉も美しく全てに惹かれる。愛犬リタニとの思い出。このバラはリタニっぽい。思い入れがある。ベランダまで伸びていたのに切ったのは悲しかった。でも、瓢箪山でまた植えた。


「みんな、次の庭へ引越しするから、移動でちょっとストレスかかるけど、がんばって。」


植物たちに語りかける気持ち、舞い戻った。
それが幸せ。
植物と繋がる。

もっと庭の世話をしようと思う。

とすると、何かの罪悪感が...。


だけど、


庭という存在以上に大事なものはない。
家も大事だけど、庭がない家では鬱になって死んでしまいそう。
生き甲斐以上なんやな。


共生。

手入れしてなくても、その側にある存在が。


もっと植物に時間を使おうと思った。



自分だけの庭だったから、それしかやらないのは、社会に不参加すぎて、閉鎖的すぎるかなって後ろめたさがあったけれども、そうだとしても、それでいいんやなと思った。誰にも期待されてないけど、やりたいから。それに、これからは一緒に共有してくれる人が居るから。


家の横の山にも植えれるかもしれない可能性が出てきた。大家さんが山にブルーベリーを植えているらしく...ということは山にも植えてもいいんやなと...。ブルーベリーどこに植えてあるのか、探すの楽しみ。

庭と山が繋がる。
イメージが広がる。

自分の庭がどこまでも続いているような錯覚。




コナラのドングリが自然発芽。
一緒に見つけた。

2つ発芽している、育てよう。
塩屋に植えよう。