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poemes d'un jour 160
寒い朝。おはよう。連なる夜明け。今は、その大切さは昔よりは感じない。もう夜が怖くないから。だけど、だからこそ、朝を大切に。新たな目覚めを感じて、共に在ることを当たり前にせずに、紡いでいきたい。

朝を大切にするだけで、何があっても、次の日の朝には目が覚める。
太陽が在るから、生きていける事実。
水、大地、その他もだけど。

そういうところを、毎日、ちゃんと感じていたら、人や自分や世界を悪く思ったりしなくて済む。人間社会だけが現実じゃなくって、この現実。それが心地良い。私はそうしていたい。



それを前まではふわっとした感じに書いていて、それが気に入っていたんだけど、色々あって、今そういう書き方がしにくい。私の発するもの全て悪い方に取られていったということなんですけど。なので、もう少しわかりやすく書いた方がいいのかなと思いつつ、だけど誤解して受け取る少数の人のために説明しながら書くと、なんかそういうことじゃないって思うし。ちょっとの期間、そんなこんなで、書くのに時間がかかるかもしれない。色んな動作が鈍くなってしまう。

本音は、人の言葉や気の受け取り方は、自分でなんとかしてほしいと思う。ネガティブな人は人のポジティブもネガティブに受け取ってしまいがちなので。


私はテレビやSNSで大量に発信されるネガティブニュースが好きじゃないんですけど、理由は明るいニュースの方が少ないから。同じくらいならいいんですが。それは何年も前から疑問に思っていて、昨日調べてみたら、ネガティブニュースの方が刺激的だからという理由のようで。脳の危険察知脳力みたいなものが働くから人が飛びつきやすいらしい。ネガティブニュースの方が視聴率が良い、いいねが多くつきやすいとか?共感されやすいんやろうな。本来、生きるために備わっている脳力だと思うのですが、一方で、暗い悲しい怒りのニュースばっかり取り入れ続けると鬱になっていくというデータもあり。


思考回路がそれに馴染んでしまう。
世界がそういう風に見えるようになる。
他の面、他の見方もあるのに。


ピアノや学習のやり方の工夫として、前にどうすればもっと吸収速度を早められるかを考えた時に、「反復、復習」というところに辿り着いた。記憶。短期記憶、長期記憶というもの。

新しく勉強、練習したところはまず短期記憶に処理されるだけで、復習をすることで脳が「それは大事なことだ」と感じて長期記憶へ保存する。復習の日数もあるみたいで、それは今は省略して、そういうことで。

嫌なことを復習してどうするねん...ってことなんです。
自分が変わらないと、同じ嫌なことが起こるというのは、復習して、定着させてしまっているからだと思います。

なので、個人的にはネガティブを発する時は、そのあとに「だからどうするか」という考えまで持っていくのがいいと思ってて、それでこそネガティブの価値がある!ネガティブは悪いことではないのです。使い方。それで人は未来へ進んでいく。

暴言や感情で終わらせないで欲しいんですが。SNSではその先までちゃんと書いてくれているものが少なく、大量に入ってくるので、その一つ一つを自分で考える時間も気力もなく。そのあたりを曖昧にしていたけど、どうにか出来ないものかと。twitterに流れてくるリツイートや「〇〇さんがいいねしました」を整理した。


これで、分かってもらえるだろうか。
私の気持ちを。

上手くかけたかどうかはわからないけど。
頭はそんなよくないので。


次からはまたふわっと書きたいな。

誰も責めてないです。
脳の仕組み上そうなるって知ってるから。

なんか誰かの役に立ったらいいなって共有してる。




poemes d'un jour 159
こちらの台風は過ぎ去ったようだ、全く大したことなかった。
浸水など大変な地域のみなさま、頑張ってください。

千葉に住んでいた時に、道路が川になっていたことを思い出した。諦めて家に戻った。
東京に住んでいた時に、帰り道が池になっていて膝まで浸からないと家に帰れなかったことを思い出した。

関東は意外と道がデコボコしていて、地震も震度3、4くらいは普段から多くて恐かったし。関西に戻ってきてからはこちらの平和加減に驚いたものだった。昨年の台風被害はすごかったですが、そういうのも珍しい。家の修理に来てもらうのに1年近く待った。それほど、たくさんの家が多かれ少なかれ被害にあっていた。北海道の地震もあったので、そっちの方が大変だったので、関西の資材?修理屋?が北海道行きとなり、関西は余計に遅れた。


一連の色々が過ぎ去り、私のところは平穏な生活に戻ろうとしている、平穏な心に。

明るいイメージ。
LUNA SEAに結構支えられた。
ふと思い出して聴いてみたのがきっかけで(中3くらいの時に聴いていた)、久しぶりに聴いたけど、とても響いて。懐かしいだけでなく、また復活しているという事実と、30年間メンバーチェンジしていないこと、それが音に現れていて、迫ってきた。たまたま彼氏もLUNA SEA好きで、一緒に感動出来ている。それがさらに嬉しい。

広いホールでお客さんもみんなで演奏しているような開いた音の響きに、一体感に、心から安心する。

解放される。



ピアノの練習をたくさんした。

練習は、身体の状態と気持ちやイメージの持ち方をやっている。
私はそれが出来たら、弾けるということが分かった。

心と身体と音楽がチグハグにならないようにする感覚の練習。


幻想即興曲は、今の所、海原。
木々のざわめきでもいい。
もっとイメージしていきたい。

波が起きる初動と指の初動のイメージを合わせる。

中間の、カンタービレは、愛しい気持ちで、小学生の頃から抱いていたよくわからない愛しさで。それはその時に誰かが弾いたショパンから感じたものかもしれないけど、馴染深い愛です。



進む。

Mujika Easel and Hiroki Koichiのアルバム1000枚完売チャレンジの続きも考えようと思った。だけど、どうにもこうにも難しい。本当に難しいことだな。可能性があることは、地方へライブに行くとかかな。関西でもまだやれるか?まだ私たちのことを知らない新しい人が好きになってくれるか?

これを読んでくれてるみなさま、まだの方、一度ライブに足を運んでいただけると嬉しいです。演奏は前より成長していると思う。Big Appleのライブで何かが大きく変わった。

少しでも後押しがあれば、ありがたいです。
なくても、何か考える。


色々スッキリさせて、そろそろこういうことをちゃんとやっていきたい。
何もかもどんどんシンプルに。

とりあえず、12/1のクラシック演奏会へ向けて、もう少しピアノを安定させないといけないので、それを第一に。来年、YouTube企画や地方ライブなど出来れば良いかなと思う。

心、強く、一つに。

強い心と、強い心が、団結する。

そんなイメージは昨年末からある。

時間はかかると思うけど、自己鍛錬しつつ、牛歩でも良いから進む。
いつかその時が来た時のために。
poemes d'un jour 158
朝、おはよう、遠くの風景、虫の声。いつもの感じ。だけど、いつもより写真の枚数が多い。それに感謝する。寝不足だけど、起きてゴミ出し頑張った。風は昨日より無くて、でも大きな台風がやってくるらしいので、庭の台風対策をしないと。


寝起きの意識朦朧で見た写真をもう一度一枚一枚ちゃんと見る。動画も2〜3回ちゃんと見る。ちゃんと受け取る。


//


過去とかもっと周りも見渡してみて昨日、思ったこと。
やはり友達の悪口を言う人とは付き合わないようにしようって。

自分の経験や考えや想いで、私は付き合わない。


//





送ってくれた写真に返信。

ありがとう。

poemes d'un jour 157


晴天。毎秒ごとに、窓辺の様子が変化していく朝。冷たい空気、寒い。山の下のみんなより一足先に冬の気配を感じている。鳥たちが今までよりたくさん、賑やかにさえずっている。何種類も居る。虫の声も大体同じ音の高さで混ざる。

冬になれば、渡鳥のジョウビタキが毎年庭にやってくる。一羽だけ。でも、ちゃんと毎年やってくる。うちの庭を歩いたり、数週間滞在する。それは梅の葉も全て落ちた頃だから、まだもう少し先。今年も来るかな?



鳥の種類が増えてるな。
少し早い渡り鳥なのか?

昨日はたくさん寝たので、今日はおはようと遠くの風景に間に合った。いつも寝ぼけながらで意識朦朧でおはようって言ってるけど、今日はちゃんと目覚めて。そしたら、私の手元の同じおはようと遠くの風景がSNSにも在って、なんか不思議で開けた感じ。

なので、私もtwitterに写真を。
朝の写真を。


晴れているだけでいいんやな。



毎日とブログと曲と絡み合って、明日へ進んでいること、思い出させてくれた。

また曲作りの続きをしようって思った。



毎日丁寧に、一歩一歩。



そうして、昨日くらいから、いつもはどちらかといえばあえてどうでもいいことしかツイートしたくなかったけど、他の人と共感し合えることや、役に立ちそうなこともツイートしようかなって、心境の変化。どうでもいいことを書いていても見てくれる人を探してたのかな。もう分かったし。いつもいいねくれる繋がっている友達たち。遠くにいるけど、私と似ているかもしれない人たち。応援してくれる人たち。誰がそうなのか、大体もう分かった。


なので、もっと色んな人に、共感してもいいのかも。

彼氏を一番大切にしたらいいってことも分かったし。

なので、色んな人と話しても、自分の中でごちゃごちゃにならないかもって。



まぁ、少しずつ。


poemes d'un jour 156
凛とした風が窓から部屋の中へ。風は無く、空気が微かに流れているのを感じる。この頃、甘いものが食べたくなる。何もないので、今年漬けた自家製梅酒を少し。大分、甘味が出てきた。まろやかに。人に出せる味になった。

世間に影響されない場所。
少なからずは自然な影響はあるけれども。

一人の世界。
二人の世界。
音楽がある世界。

そんな場所ではそのままで。
何も気にする必要はない。

そして、こっちが自分自身。

たくさんの全然違う人たちが上手くやれるようにしている場所が社会だから。
そこには絶対的なものは何もないと言えば、何もない。
全員で合わせに行ってるという感じか、それぞれの交わる中間地点へ。

それも大切なことかもしれないけど、そこを軸に、自分というものを考えると、わけのわからないことになると思う。

3人くらいまでは大丈夫やねんけど。

10万人とかレベルになると、ちょっと...

それはそれってしといた方が、良いかなって。

それを基準に自分を良いとか悪いとか判断するのは勿体なさすぎる。
可能性を狭めている。
みんなの世界をもつまらなくしかねない。
みんなで疲弊し合いかねない。



堂々としていよう。

自分の考えをもって。





少しだけ庭仕事が出来た。バラに手作り発酵肥料を。前に山で採ってきた土着菌で自分で作ったやつ。愛着がある。あと半分くらい、あげないとね。

今日は結構寝た。
昼寝もした。



言葉の扱い。
大切にしないとね。

自分が吐いた言葉が自分に、周りに影響するから。

ここには、周りから見て、一見、ネガティブなことを書く時は、未来が明るいって分かってる時しか書かない。続きを書けば、安心してもらえる時しか書かないように心がけてる。特に連動してるって強く感じた最近は。

それが私なりの人を思う気持ちかな。
特に何もしなくても。

想ってる。

喋りかけるの苦手やしな。
喋りかけられてもキャッチボール出来へんし。
一方的に来られるのも疲れるし。

普通のコミュニケーションは、大事な時しかやらないって感じだけど、自分なりに、見てるし、してる。

それを分かってくれてる、身近な人を大切にしたい。



その中でも、彼氏を一番大切にしようって想った。

一番側に居て一番想ってくれる人やから。

他の人たちに対して、そんなんで良いんかなって迷ってたところもあったけど。

それで良いんやなって。

みんなもみんな一番大切な人が居るんだから。

これから出来るんだから。







poemes d'un jour 155






御神輿と共に、私たちも運ばれて、彷徨って。

小パニック、小傷、癒しながら、治しながら、もっと未来へ。

すぐに忘れてしまうから、反芻する。

反芻を許して。

辿り着くまで。



難しいことはよくわからない。

短い言葉を繋いで時空を泳ぐのが好き。






現実とか非現実とかよくわからない。

前からよくわからない。

でも、自分の頭がおかしいのではなくて、それが真実かなって。



神様が本当に居るのかとか分からなくても、関係なく、神輿を担ぐ。

想いが真実。



何年後、何十年後も、神輿は続く。

みんなで大切に守っているのを知っている。



「未来の子供達のために、神輿を残したい、募金をお願いします」と、うちの家までやってきたことを思い出した。



明日のおはようを想って。

それを繰り返す。




私は一つの欠点が人に簡単に言えないくらいものすごく大きくて。
その爆弾のような大きすぎる欠点から、色んなことを学ぶ機会を与えられている。

ずっと耐えるしか無かったけど、
未来があれば乗り越えられる気がした。

poemes d'un jour 154
昼。久しぶりに8時間も寝たというのに、頭がクラクラする。涙が止まらない。レッスン、本当は休みたい。けど、タイムリミットまでに処理してなんとか出かけれる状態に戻りたいって思う。

爆弾抱えてる感。一人爆弾処理班。って思えば、かっこいいかも。人に癒されても爆弾が処理される訳ではない。その人まで危険に巻き込んでしまう。確実に、冷静に、処理しなければ。赤と青のコード...。

今の私。

何が嫌だったのだろう。

人も自分も悪く思えないので、「嫌」というのが奥に行ってしまっていて、奥でコードが絡まっている。それを解かないといけない。不安はなくて。感情はなくて。

安心して感情を抱けない。
安心して不安を抱けない。
心を制止させる。

再稼働へ向かって点検。
なんか原発みたい、再稼働していいのか?

私を。

という戸惑い。


大切な人の生命を脅かしたくない。

だからあまり人には近づかないようにして、不動の自然と共に。

一旦、そこまで戻って、そこからまた人の世に立ちもどれるか。

戻っても良い、何か材料を見つけようって。



「求めて」と言われて

その意味がちゃんと分からない

求めてくれたら応えれるってことか

それはなんとなく分かるけど

それ以上に何かありそうで

それが分からない



求められなくても求めた過去

張り裂けそうな想いを長期間

ボロ雑巾のようになって



だから同じがいいなって

自分を大切にするっていう意味で

同じがいいなって



求めたら、同じから遠ざかっていく

自分ばっかり求めて

もっと求めたいけど、これ以上求められない

そのもどかしさ、歯がゆさ



愛することは、求めることではなくて



受け入れることに近くて



だから、私はあまり求めたくないのかも



求めるのはしんどいから



愛情は

注ぎたいから注ぐ愛情のようなものは時にお節介で

部分的なもので、表面的なもので

愛は、

もっと深い



だから愛していても、一緒に居れないこともある

現実的に都合が合わなかったり



今まで好きになった人のこと、本当は愛してた

けど、無理だったから、仕方なくて

音楽になったり、ならなかったり

とても悲しかった

悲しみを感じなくなるくらい、悲しかった



生きていけないほどだから

心に蓋をして

なんとかやってきて



そこから頭が働かない

よく分からない



私は何かを決めないといけなくて

それがなんのか



自分の情けない部分、弱い部分

カッコつけて、立ち入らせないようにして

だけど、甘えたら、雪崩のように、たちまち崩壊していく恐れがある

そうすると、次の日の仕事に差し支える

話が終わらぬまま、明日を迎えてしまう



一人取り残された私は

行き場を無くして、宇宙空間のような大自然の中に放り出される



誰もいない



遠くの地球の上、に豆粒のように、人々が見えるけど

顔は認識出来ず、誰が誰なのか分からず

群衆としか感じられず



人類が、地球に存在しているんだなってことが分かるだけ

ただ存在していて



私の愛する人もその中に居ると思うけど

遠すぎて、届かない



意識がとどまれる場所

家の近くだと、庭を作ってるから、そこに

そこはまだ世間が近くて

音楽もだけど



そこまでは覚えてる



それからどうなったか



人が近くにたくさん居て

色んなことを話していて

ちょっと何を言ってるのかよく分からない

けど、

みんな幸せであればいいなって思って



それからどうなったっけ


私は私をどうしたっけ

poemes d'un jour 153
晴天、涼しい、自転車で勢いよく山の坂を下る。日曜、まさしく休日感。昨日の"momente"特殊楽器の回の余韻の中、都市部へ向かう。電車の中で書いている。


昨日は知り合いばかりだったこともあるけど、特殊楽器というマニアックさが、実際には生きることや生活の身近に存在する感覚であって、それが心地良かったのかもしれない。

車輪、ひょうたん、料理…分かりやすく。それから、tbt Sさんやpermission deniedの方は音を捉える感覚、動きが、何というか、言葉にはしにくいものの、ふつうに音楽のライブをしている様子よりはもっと人間や道具なんかの繋がりが強い感じ。色々、刺激的で面白かった。


特殊楽器いい!


私もやりたい…


みなさん、荷物が大変そうでしたが。


とりあえず、今回のイベントは全出演者、順番に動画をアップしたいな。動画では半減されてしまうけど。まあ、少しでも。



料理のたまねぎで目が痛くなったり、美味しそうな匂いがしたり、それと同様に音の響きや立体的な体感はいつも半減している。ライブは、人が多いと、それだけの人数分の気が集まって、場の空気が作られる。これからは、自分が行くやつは「これ行きます!」ってSNSに書くことにするから、良かったら一緒に行こう!という気持ち。






身の回りに、共有、増やそう。


究極、一緒に居るだけでいいんやろう。


そうして、今、お茶しに向かってる、谷町9丁目、乗り換え電車待ち。






"momente"


イベントも回を重ね生き物みたいに成長。
毎度、予想を超えてくる。

次回も楽しみ。



お腹空いた…
あと少しで到着…
poemes d'un jour 152
夜中の2時半、bar HOWSより帰宅。
今夜は作戦会議的な。
年末の楽しい計画など。

向井さんの即興ワークショップ帰り。

数年ぶりのワークショップ。
数年ぶりの緊張感もあったけれど、最後は夢中になって楽しんだ。
何をやろうって考えようとしても、頭が回らなく、感覚でやっていた。

また行こう。
ここではもっともっともっと自由にやって行こう。








みんなでご飯を食べた。
向井さんとよくご飯を食べたことを思い出した。



長野さん、色々一緒に楽しめる、楽しい。


やることの内容も楽しいんだけど、もうそれだけじゃ満足できないというか、帰り道の感じや街並み、思い出話、未来のイメージ、食べ物にしても誰が何が好きで何が嫌いか、一日、一日、全部含めて楽しんでいる。
poemes d'un jour 151
風と光が揺れる。

変革期も一区切りついて。

昨日はなんでもない日を1日挟んで。

今日から。

今日から本編。

勘です。


だから、
『私が歌になるまで』を聴く。

もう歌になったかも。

速かった。



ものすごく速くてびっくりした。



色んな人の様々なご縁でめっちゃ速かった。



それで、またインスピレーションを高めて、道を照らして。



11月と12月にも関東に行くことになり。
だけど、ソロライブはしない。

今までならなんとかライブを組んで、用事のついでにライブをして帰るという考えだったけど。そういうのではなくなっている。もっと自然な感じになっている。ちゃんと自然なことはテレパシーで伝わって、何かご縁が来るはずだって確信していることもあり、しんどい思いをして無理に組んだりする必要はないかなって。

音楽活動は色んな人と共有できるありがたい場には違いなくて、それをやめることはないけど、それが第一目的で生きているわけでもないという感じで。同じように、家のことも出来るようになりたいし。自分がライブをするというやり方でなくても、MUJI Channelをするとか、普通にお茶するとかでも、人と共有出来る。


私の物語を生きる。

ずっと前からそうしている。


なので、今から第3章、第4章が始まるといった感じで。

それが結構、人が重要な章なんやな。

少しずつまた遠くへ導かれているけれど、まだ大阪でお茶したり、するかな。




『私が歌になるまで』

曲、あと少し作る。


そのあと、どうするんやろう、私は。

今感じているものをどうするのか。

次の作品にするのか?

11月に東京に行った時に、結構一人になるから、その時に分かるのかも。

10/17と11/2にMujika Easelライブがあるから、その周辺で分かるのかも。

待つ。


Mujika Easelはもっとライブがしたいし、見に来て欲しい。
それで、自分が進んで行ける。


昔みたいに、人がたくさん居るところで演奏したい。


それはずっと思ってる。

心の健康、想いの成就を望む。真っ直ぐに。


みんなそうやろう。

それを真っ直ぐに想う。


卑屈にならずに。
人の目も気にせずに。

今の私は、それが出来るようになった。


だから変わるかも。

望み続けながら、出来ることをやりつつ、もう少し待ちます。